『遊学Ⅰ』の序文。以下転載。

 物質と時間は分けられない。
 物質を調査しようとしたものたちの観相学。
 しかし、まず名づけ、それから関係を追わないではいられなかった。

 
 古代、はやくもエピクロスの偏倚原子があり、いまファインマンのクォークがある。また古代に数千本のナーディ管があり、いままた数千の病名がある。その間、実に構想はほとんど微動だにしていない。ただ呼び名だけがめまぐるしく変わってきた。物質は変化しただろうか。ヘルマン・ワイルはなぜ時間は光の放たれるほうにだけ進むのかと問うたが、物質の未来もこの光の放たれる方向から無縁ではいられない。ただ綿密な調査だけが繰り返されてきた。われわれは物質と時間の関係の調査票を知っているにすぎない。物質の歴史はやがて生命をつくり、生命の歴史はやがて意識をつくった。そこには一体何が一貫しているのだろうか。

 
 場所と存在。いずれも重力によっている。
 わずかに眠りがこれらの呪縛からのがれているだろうか。
 人間とはこのわずかな隙をついて重力に挑戦したものたちなのか。

 
 かりに宇宙のどこかに行ったところで、われわれは宇宙服を脱ぐことができない。宇宙服を脱げたとしても、人工重力のカプセルを脱ぐことはできない。われわれはひとつの重力値の近辺にしばられているアースバインド・エンジェルである。直立歩行がはじまったあたり、いつしか「ここ」と「むこう」の分別がつくられた。それは遊牧性と定住性の共存でもあるが、もともと棲み分けによるものだったろう。地上にも脱げない宇宙服があったのだ。やがて「ここ」と「むこう」は交通と記号によって別々に栄えることになる。そして「ここ」から失われるものが「むこう」にあり、「むこう」からは「ここ」に象徴がもたらされると考えられた。その「むこう」が充実しすぎれば浄土が、「ここ」が重視されれば革命が構想された。それも重力への挑戦だったのか。

 
 まだだれも意識の発端を解明していない。できないのかもしれない。
 われわれは意識の舟から降りられないものであるからだ。
 そこで、あたかも外側にもうひとつの意識があるようにふるまう歴史がつくられた。

 
 神の設定は、われわれの歴史におけるもっとも大胆な構想だった。この設定をこえる企画はいまのところはあらわれていない。せいぜい宇宙生命やアンドロイドであるが、それならとっくに古代観念がとびきりのイコンたちをつくりあげていた。われわれが世界各地の土着像や怪神像、あるいは二十八部衆などに見るものがそのものたちである。ジャン・ピアジェの幼童研究が報告したように、子供は決して自主的に神をつくらない。しかし自然との対立がわかるころ、われしらず、神も怪獣も想定されることになる。アリスター・ハーディは犬にもおなじ“心理”を見た。それは劇的に外部者ということである。なぜわれわれ、外部につくったのだろう。そしてなぜ外部の加飾性に熱心になったのか。そして、結局その外部をどうしたかったのか。

 まず、遊んでいるものたちがいた。遊びはもともと出かけることだ。
 その遊びを管理しようとするのは不可能である。
 ノマドロジーの郷愁は、あえて止まろうとする意思をもはねつける。

 
 遊ぶことは、動物からはじまっている。それはわれわれがしばしば好奇心とよんでいるものに近い。好奇心の起源は謎である。ひょっとしたら生命そのものの発生にさえ好奇心の歴史はさかのぼる。それがミトコンドリアたちの謎である。リチャード・ドーキンスのミームは“遺伝子”であるより“遊伝子”であってほしかった。いずれにしても、文化の前に遊びがあったのだ。おそらく遊びの情報系は生きるための情報系にとって必要だったのだろう。それをただ祭儀の空間や芸能の時間にのみとじこめるのはもったいない。しかし遊びにもアーティキュレーションがある。それは分母なる遊びと分子なる遊びを分ける。母なる遊びと子なる遊びが分裂してしまったとき、創世神話もギリシア悲劇もその準備をおえていた。遊びは、カイヨワの四種類しかないわけではない。

 思索とは自己を編集することである。
 しかし、そのときの主語は主語によって消尽されなければならない。
 つねに述語が残されるものなのだ。

 自然を見て思索がはじまった。ヘラクレイトスの流れがレオナルドの過流をへてカルマンやルネ・トムやマンデルブロにいたっているように、また四元素や五大がいまなおわれわれの思考の対象になっているように、自然の動向はつねに思考のディレクターである。その一方、われわれには思索をはじめざるをえない自律性がひそんでいるともいわなければならい。脳が思索をつくったのではなく、思索が脳をつくっている。ここでかりに思索とは、0と1の進行によるエディトリアル・プロセッシング・システムということだ。けれども問題はそのプロセッサーを律している主語のことである。主語を「私」だけとおもいこんでいるのは危険だ。たとえば死の前にある者は「私」を主語にしていない。しかしもっと重要なのは、述語こそが思索をつないでいるかもしれないということではなかったか。

 
 言葉は言葉を失うことはできない。耳は耳を傾けない。
 きっと言葉を見ている言葉、言葉を聞いている言葉があるのだろう。
 しかし、言葉をつかわない認識もいくらだってある。

 
 チョムスキーがわれわれの中に生まれる前からそなわっているという生得的な文法は、これをつきつめれば器官になってしまうではないかとベイトソンはいう。なるほどそうでもあろうが、では内部にあるものはつねに器官的なるものをめざしているだろうか。それなら人間とはしょせんヒエラルキーをつくる動物である。たとえば“くせ”とういものは何にあたっているものか。首をかしげる文法は首の器官に内蔵するものなのか。真夜中の獣たちの音がもたらす感覚は、どんな言葉が管理できるというのだろうか。言葉は、情報のある正確な一部分が組織化されたひどく不正確なシステムである。しかしその不正確な一部分をほぼ正確に伝達できる情報システムもまたありうるにちがいない。たとえばそこに道元やシュタイナーの探求がある。

 機械は言葉の次にながい歴史を持っている。
 われわれが機械を完全に除去する意志をもてるとはとうていおもえない。
 けれども、機械の交換価値を別のものにすることは不可能ではない。

 
 われわれはあまりに一対一の関係を好みすぎている。それは一対一の関係を憎むことをしか生みださない。一即一ではなく、三浦梅園がいうような「一即一、一」の、また西田幾多郎の「逆対応」の関係というものもある。機械はかならずしも技術と一対一の関係をしていない。電気掃除機を電気掃除機にしているのはわれわれのせいによる。そこにはもっと大量の複数技術があつまっている。しかし機械から技術を解読するのではなく、もっと別のものを抽出できることもある。それが美術家や写真家によって試みられてきたことである。クルックス卿が真空管に、宮沢賢治が電信柱に見たものもそのことだった。さて、露払いはこれでおわりだ。一本の鉛筆にひそむ“一と多”の話からピタゴラスの数学論をはじめよう。本書は述語のための遊学を企てる。
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